ZNKK X CUP 第0回全日本棍棒飛ばし選手権大会 大会要項

名称:ZNKK X CUP[ザンク・エクス・カップ] 第0回全日本棍棒飛ばし選手権大会

主催:全日本棍棒協会(ZNKK) 一般社団法人森人ネット所属

後援:宇陀市

日時:10月7日(金) 8:00〜18:00 (雨天決行、荒天中止)

会場:大宇陀健民グラウンド(大宇陀運動場)

大会方式:個人戦=基準点の獲得成否によるノックアウト方式、団体戦=総当たり方式

参加資格:大会に申込んだ個人、全日本棍棒協会に加盟し大会出場を認められたチーム

出場見込みチーム :

  1. 大宇陀神殴仏s
  2. 内子インナーチルドレン
  3. 湯梨浜浜村ビッチビチボーイズ(仮)
  4. 王寺キングテンプルズ

競技参加見込み人数 : 約50名

観覧:無料


大会プログラム

0800開会式

個人戦

0830女子の部

0915男子の部

団体戦(8回戦)

1030第1、第2試合

1200昼休憩

1330第3、第4試合

1530第5、第6試合

1730閉会式


大会規定: 

・本大会の参加費は、個人戦は1,000円(団体戦に参加するチームの選手は500円)、団体戦は1チーム5,000円とする。個人戦の参加費には殴打棒貸出料を含む。

・個人戦は各選手各回1打でその飛距離を競う。女子の部は3点、男子の部は5点から基準点を設け(3点回、5点回、……と呼称)、1点ずつ加点する。各回の失敗者が脱落することで優勝者を1名決定する。最終回において成功者が0名の場合は、再度打ち直し飛距離が最長の者を優勝とする。なお、臨界線(24m)を超える基準点10点を通過した者が複数名の場合は、その次の回で臨界線からの距離によって優勝者を決定する。

・団体戦は、参加チームによる8回戦総当たり方式で行い、最も多く勝ったチームを優勝とする。

・団体戦には、大会を通して各チーム10名までの選手を登録でき、試合ごとにその内8名(先発5名+控え3名)を選出することができる。

・大会前日10/6(木)の10~16時は、設営の邪魔にならない範囲で会場のグラウンドを使って練習することができる。

・殴打棒および撃墜棒を自前で準備できないチームには、棍棒協会から有料で貸出す措置をとる(1試合1本100円)。

・全ての試合の採点は審判が行う。競技者は、攻撃が完了してから審判の採点が完了するまで被打棒に触れてはならない。

・参加者全員に参加賞を授与する。

・個人戦の優勝者は優勝棍棒を授与される。

・優勝チームは優勝杯および優勝棍棒を授与されるとともに、それらを厳重に保管し次回大会で返還する義務を負う。

・競技ルールは棍棒協会が定める公式ルールを採用する。


出場申込みについて:
(1)個人戦の一般参加者を約15名募集する(団体戦は内定チームのみで行う)。
(2)事前申込み期間は8/11(木祝)~9/7(水)
 ※当日参加枠も若干数設けるが「大会のしおり」に名前は記載されない。
(3)参加希望者は下記専用フォームから申込むこと。

個人戦申込みフォーム(先着順)
https://forms.gle/BNCvkd8tCaWVpFDi8

参加上の注意点:
(1)本大会が天候その他の都合により中止となった場合は、提出されたメールアドレスに3日前までに通達する。
(2)大会当日、参加者に病気または傷害が生じた場合、大会運営側において応急処置をとるが、すべての責任は参加者にあるものとする。スポーツ傷害保険等については大会運営側で一括加入するが、参加者各人においても別途加入することが望ましい。
(3)競技会場の使用規則を守り、ゴミは全て持ち帰ること。


棍棒飛ばし公式ルール|2022年7月25日改訂(前回22年7月1日)

・2チームによる攻守入れ替わり制で行う。
・攻撃側は棍棒台に載せた被打棒を殴打棒で殴り飛ばし、守備側はそれを撃墜棒で打ち返したり身体で受け止めたりして阻止する。
・攻撃側は殴打者が1名1打ずつ飛ばし、守備側は撃墜者が複数名で待ち構える。
・勝負は各チームの合計点数で決する。

・打場の大きさは縦24m×横8m。
・棍棒台は高さ30cmの丸太もしくは角材を使用し、零線中央に固定する。

・公式戦は10回制とし、5回裏が終了した時点で休憩(ぐびぐびタイム)を挟む(10回が同点で終了した場合は勝敗が決するまで延長戦を行う)。
・公式戦は5人制とし、各チーム攻撃は5名以下、守備は4名以下の競技者によって行う。
・公式戦において控え選手は3名までとし、交代は無制限に行える(選手の登録者数は8名まで)。ただし、1回の攻撃において同じ殴打者が2度打つことはできない。
・公式戦においてはどのチームも女子選手を1名以上攻撃に参加させなければならない。女子殴打者の得点は2倍して計上する(マイナス得点は2倍しない)。

・殴打者による打ち方は、棍棒台に置いた被打棒に対して殴打棒を上から振り下ろす形に限る。それ以外の打ち方は反則であり0点となる。
・点数は、0~3mは0点、3~6mは1点、6~9mは2点、…21~24mは7点というように、3mごとの範囲のどこで棍棒が静止したかによって採点し、24m以上の場外に飛んだ場合は10点とする。
・横幅を示す左右の側線の外(線外)に被打棒が飛んだ場合は0点とする。
・撃墜者に被打棒を受け止められた場合は、撃墜者が素手であれば-10点、軍手一枚でもしていれば-5点とする。
・撃墜者に被打棒を零線より後ろ(論外)に打ち返された場合は-5点とする。
・殴打者が空振りした場合、または後ろ(論外)に被打棒を飛ばした場合、1度目は不問とし、2連続でいずれかを行った場合に-5点とする。ただし、最終回に限り2連続でいずれかを行った場合は-10点とする。
・殴打者が殴打した際に被打棒が著しく破損ないし折れた場合は、無効として新しい被打棒を殴打することができる。ただし殴打者が望めばそのまま採点される(採点は被打棒の最も大きな破片が静止した地点で行う)。
・殴り飛ばされた被打棒が地面で跳ねたり撃墜者に打ち返されたりした場合も、最終的に被打棒の動きが止まった地点が採点対象となる。被打棒が静止した時点をその殴打者による攻撃の完了とする。
・殴打者は自身の攻撃が完了するまで何度でも追い打ちすることができる。例えば殴打者が殴り飛ばした被打棒が撃墜者に打ち返されて殴打者の元まで飛んできた場合、殴打者もそれを打ち返すことができる。ただし殴打者は一線を越え出てはならない。
・殴打席に立つ殴打者以外の攻撃側の選手はベンチに待機しなければならない。

・撃墜者は、殴打者が被打棒を打つまで棍棒台に一線より近く立ってはならないし、臨界線を越えて立ってはならない。
・撃墜者は撃墜棒および身体以外を使用してはならない。また、撃墜棒を地面に差し込んで使用してはならない。なお、撃墜棒は撃墜者1名につき1本まで打場に持ち込める。
・撃墜者による守備が有効であるのは被打棒の動きが止まるまでとし、一度被打棒が静止したにもかかわらず打ち返すなどした場合は無効となる。また、被打棒が静止するまでに撃墜者が被打棒に触れてよい回数は全体で2回までとし、1回目は受け止める場合を除いて撃墜棒でのみ接触が認められる。なお、地面に落ちた被打棒を拾って投げる行為、撃墜棒または身体で押すように転がす行為は認めらず無効となる。いずれも悪質な場合は警告の対象となる。
・マイナス得点となる被打棒の受け止めが有効となるのは、被打棒が殴打者に殴り飛ばされてから地面に接触するまでに撃墜者が受け止めた場合のみとする。

・選手または審判への危険行為や妨害行為はこれを禁止する(野次や罵倒は妨害行為にあたらないが、差別的な発言には警告または退場処分が課される)。
・競技者または審判以外による打場への侵入はこれを禁止する。
・悪質な反則または禁止行為を行った選手またはその他の者には警告または退場処分が課される。警告は2回目で退場処分となる。

【服装規定】

・守備時にはヘルメットと金属製フェイスガードの着用を義務付ける。その他着用できる防具は、非金属製の脛当てと軍手相当の厚さの手袋に限る。
・厚めの服の着用はこれを認める。
・スパイクや先芯のある靴の着用はこれを認める。

【棍棒規定】

棍棒飛ばしで使用する棍棒はすべて木製に限り、樹種は問わない。
殴打棒と撃墜棒は棒状のものであれば形や大きさは各人の自由であるが、その競技者が片手で持ち上げられる大きさを上限とする。
被打棒は以下のような規定を設ける。

全長50cm程度
打撃部:持ち手=5:4程度
打撃部の直径6cm程度
持ち手の直径4cm程度
重さ1000~1200g程度

なお、公式戦においては全日本棍棒協会製の公式被打棒を使用する。

【用語】

・棍棒場…棍棒飛ばしを行う場所
・打場…棍棒飛ばし用に線で区切られたコート

・零線[ぜろせん]
・点数線(一線、二線、三線…~七線)
・臨界線
・側線
(以上4つは打場図を参照のこと)

・棍棒台…殴り飛ばされる小さい棍棒(被打棒)を設置する台(丸太や角材)。

・殴打棒…棍棒台に置いた小さい棍棒(被打棒)を殴り飛ばす大きい棍棒。
・被打棒…大きい棍棒(殴打棒)によって殴り飛ばされる小さい棍棒。
・撃墜棒…飛んでくる棍棒(被打棒)を打ち返す守備用の棍棒。

・殴打者…攻撃時に殴打棒で被打棒を殴り飛ばす競技者。
・撃墜者…守備時に撃墜棒や身体で飛んでくる被打棒を阻止する競技者。

・競技者…試合に出場している者。
・選手…控え選手を含めた登録選手。

・打棒…殴り飛ばされた被打棒。

・場外…奥行き24m以上の臨界線外区域。
・天上げ[てんあげ]/昇天る[あがる]…奥行き24m以上の区域(場外)にまで被打棒を飛ばすこと。10点が入る。
※天高く棍棒を飛ばす、テンションが上がる、10点を計上する等の意味が込められている。

・愚打/愚棒…3点以下のしょぼい打棒。
・愚打る…側線内で四線より手前に被打棒を飛ばす、ないし打ち返されること。

・線外…側線外区域。
・駄棒る[だぼる]…線外に被打棒を飛ばす、ないし打ち返されること。0点となる。

・論外…棍棒台より後ろの零線外区域。
・トミる…被打棒を後ろ(論外)に殴り飛ばす、ないし打ち返されること。非常に不名誉なことである。殴打者が自ら2連続で飛ばした場合、または撃墜者に打ち返された場合に-5点となる。

大棍棒展を終えて

 大棍棒展が終わった。異様な密度の十日間だった。

開催にあたり、我々は65種類の木で200本超の棍棒を準備した。それらを会場に並べた様は壮観といってよく、設営を終えた我々はすでにある種の満足感を感じていた。おそらく人類史上初めてであろう棍棒の展示を開くことこそ、発足間もない全日本棍棒協会の主眼だったからだ。それで多くの人が来てくれればもちろん嬉しいが、たとえそれほど客が入らなくても大棍棒展をやったという事実がまずは何より欲しかったのである。

 けれどもいざ蓋を開けてみれば、大棍棒展は全日程で我々の予想をはるかに上回る盛況ぶりを見せた。それというのも、初日の最初の来場者二人の試し殴りをする動画がツイッターでバズったからである。もちろん棍棒協会会員の友人知人も来てくれた。が、日を追うごとにそうではない一般の来場者の割合が増え、会期中人が途切れることはなかった。我々としても棍棒の魅力には自信を持っていたものの、ここまでの人出は予想だにしていなかったし、バズってから程なくして新聞やテレビの取材もあり、本当に目が回るような十日間だった。結局、来場者数は一日あたり100人を超え、棍棒も100本近くが売れ、図録を兼ねた『棍棒入門』も500部が完売した。棍棒で頭を何度もどつかれたような衝撃の連続であった。

 我々のもとには、大棍棒展を東京やその他の地域でもやってほしいという声が沢山届いている。もちろん棍棒協会としてもゆくゆくは東京などでも盛大に棍棒展をやりたい気持ちはある。けれども、今回大阪で開催できたのは棍棒協会幹部の一人がギャラリーのオーナーで場所代が無料だったとか、折よく様々な木を譲ってもらえただとか、ありそうもない多くの偶然と協力が重なったからで、簡単に次もというわけにはいかない状況なのだ。

 すぐには二回目をできない理由は他にもある。棍棒協会は、今年10月に第一回全日本棍棒飛ばし選手権大会の開催を控えているからである。今回我々は、棍棒飛ばしに打ち込みたいところを我慢に我慢を重ねて大棍棒展を開催したのだった。そして大棍棒展が終わった今、我々には棍棒飛ばしの全国大会しか見えていない。諸君はまだ棍棒展しか知らないだろうが、棍棒飛ばしはそれを凌駕するほどの熱狂を生む競技なのであって、この大会をやらずして二回目の大棍棒展をやってる場合ではないのである(棍棒飛ばしのルールは『棍棒入門』に記載)。

 そんなわけで我々は、3月から棍棒飛ばしのチームを作りに各地に赴く予定である。まずは大阪、愛媛、鳥取、福岡あたりに行く。現地で競技用棍棒の製造と棍棒飛ばしの指導をして全国大会の成功につなげたい。で、ついでに、あくまでついでに各地で「小棍棒展」もやるかもしれない。

 つまり、次回の大棍棒展開催は少し先になる見込みだ。けれども間が空く分、第二回大棍棒展はさらに大きいものにしたいと考えている。それまでに当然我々の棍棒を作る技術は向上するはずだし、樹種も本数も増やすつもりだ。第一回よりももっと打撃力のある大棍棒展を期待していてほしい。

 最後に、これは是非とも言っておきたいことだが、棍棒や『棍棒入門』の売上げは全て里山に注ぎ込む所存である。

なぜなら、全日本棍棒協会は里山制作団体つち式の派生団体だからだ。里山に手を入れることで様々な生き物が増えることはそれ自体悦びであるし、そうすることでさらに多くの棍棒を作れもする。現に我々は大棍棒展の売上で新しいチェーンソーを買ったところである。全日本棍棒協会から棍棒などを買えば里山が盛り上がるので、今後ともよろしくお願いしまあああああああす!!!!

全日本棍棒協会オンラインショップ

 ちなみに今回の会場だったKITAHAMA N Galleryは、ホテルTHE BOLY OSAKA のギャラリーである。BOLYのスタッフの方々の全面的な協力がなければ大棍棒展はなかったと言っても過言ではない。大阪に宿泊の際はぜひBOLYへ!

大棍棒宣言

 バコン、バーン、バキッ、ポオオオン、バアアアアンッ、バチ、スカッ、ドッカアアン、齢オーバーサーティの集団が棍棒で竹を殴打している。樫、栗、桜、梅、櫟、銘々持っている棍棒が真竹を打ちのめさんと暴力の限りを尽くしている。夏真っ盛りの空の下、木々から漏れる陽光が者どもの顔に踊る。汗が噴いて笑顔で爽やか! ああ健全たる人類の微笑み! 健康第一! 愉しい暴力! ピエエエエエエイ、オラッ、オラオラオラオラオラオラッ、死ねコラァ! ボケ! カス! クソが! 奇声にも色々ある。ん? なんの意味があるのか? だって! 意味を求めて大事なものがない空洞野郎ども、ああダメダメ。意味は意義は、意図は? ん? 君に問おう、君の生きる意味は? だんまり、家族のため、自分のため、でも答えは風のなか。まあ握ってみろよ、俺たちの棍棒を。鏡の前に立って構えてみろ? どうしっくりきた? なに、しっくりこない? そんなら、君と話をしない。

 *

 元始、謎の黒い石柱に触れた我々の祖先が手にしたのは棍棒であった。棍棒が人類の手を鍛え、文明の口火を切ったのだ。棍棒で殴る——その最初の昂奮と歓喜の衝撃が絶えることなく、いまだ人類の身体に息づいていると我々は信じる。
 棍棒とは、ゲームやフィクションなどでゴブリンがよく持っているアレのことだ。が、ゴブリンとセットだからといって棍棒まで空想上のものではない。少々野蛮で雑魚い架空のキャラクターの武器に貶められる以前、棍棒は大いなる道具だった。
 しかしいま、棍棒を作っていると言うと、眉をひそめて困惑する者も多い。その後はどんなに言葉を尽くしたところで最初の反応を覆すのは難しい。里山で生活しているから杭を打ったりするのに使うのだと説明すれば、相手は一応納得する。だが、大切なのはそこではない。
 棍棒に困惑する者たちも、少年時代にはその辺にある棒を拾って振り廻した経験があるはずだ。当時、熟考も躊躇もなく、棒に自然と手が伸び、その暴力を愉んだはずである。それこそ棍棒体験に他ならない。自分はもう大人だからそんな幼稚なことはしない、などと言うのだろうか。それなら、多大な悦びを棄て去ってまで生きる動機を聞かせてほしいものだ。
 個人の歴史同様に、人類の歴史の初期にあったものだとしても、いま棍棒を使ってはならないという法はない。なるほど棍棒は原始的な道具である。けれども、だからどうしたというのだ。棍棒は、原始にして不易であり、古くなりようがない。単純明快。最初で最高。他の追随を許しはしない。もし往時に比べて現代人の棍棒使用率が下がっているとすれば——いや、間違いなく下がっているだろうが——、人類文明の歩みとはかくも貧しく的外れなものかと思わざるをえない。
 とはいえ、たしかに二〇二〇年代のいま、皆で軒下に並んで棍棒を作っている時、やや奇妙な感覚に襲われることもないではない。しかしそれは、棍棒が古臭いからではない。棍棒から遠ざかってしまっていた我々のほうがどうかしていたのだ。もはや、この素朴な力、人類の古からの熱狂を知ってしまった以上、人々の白い目を恐れて棍棒の旗を中途半端に掲揚するわけにはいかないのである。

 棍棒を謳うにあたって、暴力についても語っておく必要がある。
 いつだったか、ある年のハロウィンの日に群衆が騒いで軽トラをひっくり返す映像がSNSに流れてきた。またある時、どこかの国で暴動が起き、民衆が商店を破壊し、車に火をつける様をメディアが伝えていた。身勝手な暴力の除幕に対する非難の声は多い。なるほど暴力はときに悲しい副産物を生む。だが、場合によってはいらぬ副産物をもたらすからといって暴力そのものを否定するのは、鼠を追い出そうとして家を焼くようなものである。
 暴力は元来爽やかなものだ。有り余る力を放出するのはそれ自体痛快だし、壊すことは作ることよりも意味に絡みとられる面倒が少なく、すっきりしている。そもそも、生きることは暴力であり、死がなくてはどんな生もない。暴力の停滞が生の減退を招くのであって、逆に活発な暴力こそが溌溂な生を駆動するのである。にもかかわらず、「爽やかな暴力」が語義矛盾のように響くとすればそれは、暴力を存分に発揮する機会をあらかじめ奪われた環境に、諸君がすっかり馴致されてしまっているからだ。
 都市型の生活様式が主流となっても、人間の体内から暴力が消失することはなく、暴力は出口を要求しつづける。いきおい人々は暴力発散の代償装置を次々に編み出さずにいられない。けれどもいくらガス抜きをしたところで、所詮紛い物では暴力の期待に応えることはおぼつかない。いい加減、人間風情が考案するどんな擬似体験も、棍棒のたった一打にさえ及ばないことを認める頃合いだろう。
 親愛なる暴力よ、君のいちばん素晴らしいところ、それはけっして甘んじないことだ。我々は君を棍棒でもてなそう!

 棍棒。この最も素朴な暴力の化身は、多く木でできている。すなわち、まず立木を伐倒し、適度な長さに切り分け、それを鉈で削って持ち手を拵えることで、この殴るための棒が生まれる。作るにも暴力、できあがっても暴力だ。暴力三昧雨あられ。鬼のようなわかりやすさ、清々しさ。ちなみに鬼が持ってるのは金棒。俺の相棒は獰猛な棍棒、物騒な風貌、鬼も脱帽、共謀して暴行、秒で圧勝、相手は昏倒、再起不能。
 殴るためにある以上、当然棍棒は硬くて頑丈でなければならない。木であれば何でもいいというわけにはいかない。たとえば、国内最強レベルで硬いカシで作った棍棒は最高である。握ればずしっと重く、いかにも強そうだ。「樫」と書くくらいその威力は折り紙付きでもある。カシの棍棒で何かを殴れば、己の暴力を満足させられることはお請け合い! それに対して、日本中に阿呆みたいに植えられているスギヒノキは柔らかくて軽く、建材には便利でも棍棒には全然向かない。カシの棍棒とスギの棍棒、持った時点で違いはあきらかだ。スギの棍棒には感動がない。こんなものでは、殴ったところで傷一つ付けられはしないだろう。
 つまり棍棒は、我々に感動を与えるとともに、大問題をも突き付ける。いま、都会では慢性的に暴力の発散機会が不足している一方、里山では暴力が不足している。人が草を刈り木を伐るというかつてありふれていた暴力が減少し、もはや里山と呼べない場所も増えている状況だ。とりわけ山がひどい。人の手が入らないだけならまだしも、大量のスギヒノキが植えられたまま放置され、棍棒向きの堅木を含む広葉樹たちの生える余地がない。強い棍棒を作ろうにも、そもそも材料になる木が少なすぎるのである。
 棍棒を作りだしてから我々の木への興味はいや増し、それだけに、現在の山の惨状が余計目に付くようになった。以前から我々は山の手入れにも乗り出しているが、いい棍棒をもっと作るべく、今後ますますスギヒノキを間引いて他の木々に場所を空けていかなければならない。我々は、暴力を十全に行使できる生のために暴力を揮いつづける所存だ。くれぐれも、暴力こそが生を賦活することを忘れないようにしよう。棍棒が太古からそれを証明しているのだ。
 最後に、棍棒の取柄が暴力だけではないことも付け加えておく。棍棒のシルエットの美しさもさることながら、我々の棍棒の多くが持ち手は削ってあるものの打撃部は皮付きのままであり、それゆえ外見と中身を一本で鑑賞できるのである。それだけではない。持ち手を鉈で削る際、樹種によって硬さが異なり、それを味わいながら作るのも愉しい時間だ。できあがったら握って各樹種の感触の違いまで堪能できる。思えば、こんなに木と向き合うことはなかった。一本また一本と、棍棒を作るのがこれほど愉しいとは! まだ見ぬ木を棍棒にするのも待ち遠しい。かくなるうえは、国内全樹種、果ては世界全樹種で棍棒を製造したいところだ。
 いまや諸君も、棍棒を作りたくてうずうずしていることだろう。我々も棍棒も、いつでも君を歓迎する。

棍棒万歳!棍棒に乾杯! 棍棒に幸あれ!
我々はここに、大棍棒時代の到来を宣言する。

全日本棍棒協会

参考文献:
坂口安吾「ピエロ伝道者」
平塚らいてう「元始、女性は太陽であった」
アンドレ・ブルトン『超現実主義宣言』生田耕作訳
ロートレアモン『マルドロールの歌』栗田勇訳